富士見坂16
不二見坂/ 豊島区目白1(学習院大学内)
この坂は別名不二見坂とよばれていたそうです。

写真1
現在は学習院大学構内に囲いこまれてしまっていて、よくわかりませんが、かっては目白通りから学習院大学の正門に入り南下すると坂になっていて、そのあたりのどこかに富士見坂があったのだろうといわれています。
もちろん坂の碑のようなものはありませんが、文政五年板行「茗荷集」に「富士見塚 高田新田不二見坂にあり」とされ、「高田町誌」には「下高田の山の手なる富士見台に富士見茶屋珍々亭と云うのがあった。晴天の時は富士山が能く見え、眼下には農田を眺望し、十里の風光一眸に収まり其景筆舌に尽し難きものあり・・・」と記されています。
これぐらいしか、ここが富士見坂であったという記録がありませんが、このあたり(目白〜高田馬場)は地形の高低差もあり、まわりにもけっこう坂があるので、当時は上の文献のように景色もよかったのだろうなあということが、想像できる場所ですね。
地図:豊島区目白1(学習院大学内)
関連リンク:
学習院大学構内で見つけた富士見坂の痕跡 -みちくさ学会
不二見坂/ 豊島区目白1(学習院大学内)
この坂は別名不二見坂とよばれていたそうです。

写真1
現在は学習院大学構内に囲いこまれてしまっていて、よくわかりませんが、かっては目白通りから学習院大学の正門に入り南下すると坂になっていて、そのあたりのどこかに富士見坂があったのだろうといわれています。
もちろん坂の碑のようなものはありませんが、文政五年板行「茗荷集」に「富士見塚 高田新田不二見坂にあり」とされ、「高田町誌」には「下高田の山の手なる富士見台に富士見茶屋珍々亭と云うのがあった。晴天の時は富士山が能く見え、眼下には農田を眺望し、十里の風光一眸に収まり其景筆舌に尽し難きものあり・・・」と記されています。
これぐらいしか、ここが富士見坂であったという記録がありませんが、このあたり(目白〜高田馬場)は地形の高低差もあり、まわりにもけっこう坂があるので、当時は上の文献のように景色もよかったのだろうなあということが、想像できる場所ですね。
地図:豊島区目白1(学習院大学内)
関連リンク:
学習院大学構内で見つけた富士見坂の痕跡 -みちくさ学会
コメント一覧 (3)
はじめまして!
というか、リンク張ってもらってありがとうございます。
ということは、やっぱり学習院ってお金持ちの家のひとが多いってことですか〜?すいません、学習院のイメージといったら皇室というイメージしかないもので・・。しかも、あまりかかわりがなかったもので。そこまで考えていませんでしたよ。(笑)でもたしかに高級なイメージがあったことは、たしかですけどね。
ということで、また気楽に遊びにでもきてくださいね。
アローズと申します。
ちょくちょく拝見させてもらっておりました。
とても勉強になります。
私は、ここの(ちょっとだけ)そばの大学に通ってたので、池袋に抜ける時とかに散歩がてらよく歩いてました。
富士見坂の面影はなくても、都心とは思えない佇まいがありますよね。
ついでに関係ない話ですが、学習院の学生って、必ずしもお金持ちとは限らないんですよね。大学から入って貧乏してる友人が2人いましたよ(笑)。
また遊びに来ます。