NO. 613
坂名:行堂坊坂、寺坂、真照寺坂、坊坂
住所:東京都あきる野市引田
今回は、あきる野市の行堂坊坂について取り上げてみたいと思います。
場所はJR五日市線・武蔵引田駅から南に900mほどのところにある真照寺の東側に隣接している坂道です。
前に取り上げた馬乗坂【NO.607】からなら東へ徒歩2分ほどですね。

写真1
まずは坂上あたりの様子です。(写真1)
S字にけっこうな具合でカーブしながら下る、急勾配な坂道でした。
カーブのアイストップに大きな樹木があるのも印象的でしたね。

写真2
中腹あたりの様子です。(写真2)
このあたりから景色が開けました。
雄大な雰囲気でしたね。
遠くには都立秋川丘陵自然公園のある秋川丘陵とともに、東京サマーランドの観覧車も見えていましたね。
緑豊かな秋川丘陵に観覧車という風景はやっぱり印象に残りましたね。
あとは坂道自体のカーブ具合もよかったですね。

写真3
さらに下り坂上方向を見てみました。(写真3)
左側は真照寺の境内でした。
いちおう今昔マップで古地図も見てみると、掲載されている一番古い大正10年の地図にも今と同じ場所にそれらしき記載があったので、かなり古くからある坂道のようですね。

写真4
坂下あたりの様子です。(写真4)
このあたりは緩やかな傾斜でしたね。
ちなみにここには、坂名の由来が書かれているような坂の碑はありませんでしたが、秋川市による「秋川市地名考」にこの坂道について記載があり、抜粋させていただくとですね、『真照寺の東の坂で「寺坂」「真照寺坂」「坊坂」など、いろいろにいわれていた。坂の上に行堂があって、多くの僧が行をしていたのでこの名が起こったという。昭和三十年(1955)頃、この坂の改修工事のとき、金属を溶かす”るつぼ”が発掘されたという。”るつぼ”は何の目的で使用されたものかは不明である。』とありました。
行堂は禅宗の修行者が滞在する場所や建物のことのようですね。
またここは真照寺と隣接しているので、ネット情報ではこの坂道のことを「寺坂」として取り上げているサイトも多くありましたが(現地には案内板があったという話も)、秋川市による「秋川市地名考」には、この坂道のことを「行堂坊坂」としているようだったので、こちらを採用させていただきました。

写真5
最後は写真4左側にあった真照寺の様子でも。(写真5)
真照寺は公式HPなどがなかったので、「猫の足あと」という寺社案内のサイト(なにげに坂道散歩ではお世話になっています(^^))に由緒について記載があったので、抜粋させていただくとですね、『眞照寺は、平安時代の寛平3年(891)に義寛が創建、延文元年(1356)に関東管領足利基氏が秋川丘陵の渕上の日照山の頂上に再興したといいます。享禄4年(1531)火災で焼失し当地へ移転、天正19年(1591)には月徳川家康から寺領七石の御朱印状を受領しています。』とありました。
移転したとはいえ、平安時代に創建とはすごいですね。
ということで、今回はこんな感じです。
地図
東京都あきる野市引田
関連リンク:
→ 馬乗坂【NO.607】/あきる野市引田 - 東京坂道さんぽ
坂名:行堂坊坂、寺坂、真照寺坂、坊坂
住所:東京都あきる野市引田
今回は、あきる野市の行堂坊坂について取り上げてみたいと思います。
場所はJR五日市線・武蔵引田駅から南に900mほどのところにある真照寺の東側に隣接している坂道です。
前に取り上げた馬乗坂【NO.607】からなら東へ徒歩2分ほどですね。
[坂上あたりの様子]

写真1
まずは坂上あたりの様子です。(写真1)
S字にけっこうな具合でカーブしながら下る、急勾配な坂道でした。
カーブのアイストップに大きな樹木があるのも印象的でしたね。
[中腹あたりの様子]

写真2
中腹あたりの様子です。(写真2)
このあたりから景色が開けました。
雄大な雰囲気でしたね。
遠くには都立秋川丘陵自然公園のある秋川丘陵とともに、東京サマーランドの観覧車も見えていましたね。
緑豊かな秋川丘陵に観覧車という風景はやっぱり印象に残りましたね。
あとは坂道自体のカーブ具合もよかったですね。

写真3
さらに下り坂上方向を見てみました。(写真3)
左側は真照寺の境内でした。
いちおう今昔マップで古地図も見てみると、掲載されている一番古い大正10年の地図にも今と同じ場所にそれらしき記載があったので、かなり古くからある坂道のようですね。
[坂下あたりの様子と坂名の由来について]

写真4
坂下あたりの様子です。(写真4)
このあたりは緩やかな傾斜でしたね。
ちなみにここには、坂名の由来が書かれているような坂の碑はありませんでしたが、秋川市による「秋川市地名考」にこの坂道について記載があり、抜粋させていただくとですね、『真照寺の東の坂で「寺坂」「真照寺坂」「坊坂」など、いろいろにいわれていた。坂の上に行堂があって、多くの僧が行をしていたのでこの名が起こったという。昭和三十年(1955)頃、この坂の改修工事のとき、金属を溶かす”るつぼ”が発掘されたという。”るつぼ”は何の目的で使用されたものかは不明である。』とありました。
行堂は禅宗の修行者が滞在する場所や建物のことのようですね。
またここは真照寺と隣接しているので、ネット情報ではこの坂道のことを「寺坂」として取り上げているサイトも多くありましたが(現地には案内板があったという話も)、秋川市による「秋川市地名考」には、この坂道のことを「行堂坊坂」としているようだったので、こちらを採用させていただきました。
[坂下あたりの真照寺]

写真5
最後は写真4左側にあった真照寺の様子でも。(写真5)
真照寺は公式HPなどがなかったので、「猫の足あと」という寺社案内のサイト(なにげに坂道散歩ではお世話になっています(^^))に由緒について記載があったので、抜粋させていただくとですね、『眞照寺は、平安時代の寛平3年(891)に義寛が創建、延文元年(1356)に関東管領足利基氏が秋川丘陵の渕上の日照山の頂上に再興したといいます。享禄4年(1531)火災で焼失し当地へ移転、天正19年(1591)には月徳川家康から寺領七石の御朱印状を受領しています。』とありました。
移転したとはいえ、平安時代に創建とはすごいですね。
ということで、今回はこんな感じです。
地図
東京都あきる野市引田
関連リンク:
→ 馬乗坂【NO.607】/あきる野市引田 - 東京坂道さんぽ