NO.720
坂名:新道坂
住所:東京都目黒区上目黒+中目黒
今回は目黒区上目黒と中目黒にまたがる新道坂について取り上げてみたいと思います。
場所は、東急東横線・中目黒駅から東へ徒歩3分ほどのところにある坂道です。
だいぶ前にとりあげた別所坂【NO.265】からなら北西に徒歩4分ほどですね。

写真1
ここは駒沢通り沿いにある坂道で、写真1右側へ行くと代官山 蔦屋書店などがある旧山手通りへとつながる場所ですね。(写真1)
このあたりからはまだ坂道らしい感じはわかりにくいですが、このあたりの駒沢通りは道幅も広くてゆったりとした感じでした。
あとは、写真1中央右側あたり奥に富士山があるはずなので、見えるかな?と思ったんですけど、この感じだとビルがなくても奥の崖地の樹木で昔から見えていなかった可能性が高いかもですね。
ただこのあたりは、昔、鎗ケ崎と呼ばれていて、伊豆箱根の山々まで一望できる丘陵地帯だったそうなので、この道が開発されるずっと昔であれば、もしかしたら?かもしれないです。

写真2
すこし坂道を下ると、左にカーブしながら下っていて、写真2右側には東急東横線の線路も見えていて、雄大な雰囲気が印象的でした。(写真2)
またこのすぐそばに坂名の由来が書かれた坂の碑もありました。
いつものように抜粋させていただくとですね、
『坂名は別所坂と目切坂の間に新しく開かれたため新道坂と呼ぶようになった。坂上の左右に見えるコンクリートのようへきは三田用水のなごりである。三田用水は寛文四年(1664年)芝白金御殿の池水を引くために玉川上水の分水路としてつくられ、この尾根を通って三田芝方面に流れていた。人々は農業、工業、雑用水として利用したが、昭和五十年にその流れを止め、約三百年にわたる歴史を閉じた。線路ぎわの狭い坂が旧道である。』
とありました。
そういえば、ここは、これまでブログでも何度か取り上げている目切坂【NO.154】からも近かったですね。
場所的にはここから北西に直線で100m、徒歩なら3分くらいのところにあります。
あと三田用水跡については、「坂上の左右に見えるコンクリートのようへき」についてはどこにあったのかわからず、また再訪したときに調べてみますが、目黒区のHPにかつての写真があり、それによれば、このすぐそばにやはりあったようですね。

写真3
中腹あたりから坂上方向を見てみたものです。(写真3)
カーブ具合がいいですね。
またまわりの背の高めのマンションのおかげで、切り通しのような雰囲気になっていたかも。

写真4
坂下あたりの様子です。(写真4)
坂上あたりでカーブしてからはほぼ直線なつくりでした。
傾斜も新しい坂道ということもありそれほど急ではなかったですね。

写真5
坂下すぐそばを流れていた目黒川の様子です。(写真5)
そういえば、五反田駅から大崎駅界隈の目黒川では12月5日から「目黒川イルミネーション2025」と題した目黒川のライトアップがはじまっているようですけど、このあたりはどうなんでしょうね。

写真6
最後は、坂下あたりにあった歩道橋からの眺めです。(写真6)
ここからだと坂道のカーブ具合もわかりやすいですね。
ちなみにこのあたりは、昭和2年に恵比寿から中目黒まで玉川電気鉄道が敷設されたとのことで、それにあわせて整備された道だったようですね。
いちおう今昔マップも見てみると、たしかに大正6年の古地図にはなかった道が昭和4年の地図では今と同じ位置に道が描かれていましたよ
なので、ここは玉川電気鉄道が敷設された昭和2年でできた坂道で、昔は中目黒駅もこの坂下あたりにあったらしいので、都電がこの坂道を走っていたということみたいです。
ということで、すこし前の写真での紹介となりましたが、今回はこんな感じです。
地図:東京都目黒区上目黒+中目黒
関連リンク:
別所坂/目黒区中目黒【NO.265】
目切坂/目黒区上目黒+渋谷区青葉台【NO.154】
坂名:新道坂
住所:東京都目黒区上目黒+中目黒
今回は目黒区上目黒と中目黒にまたがる新道坂について取り上げてみたいと思います。
場所は、東急東横線・中目黒駅から東へ徒歩3分ほどのところにある坂道です。
だいぶ前にとりあげた別所坂【NO.265】からなら北西に徒歩4分ほどですね。
[坂上あたりの様子]

写真1
ここは駒沢通り沿いにある坂道で、写真1右側へ行くと代官山 蔦屋書店などがある旧山手通りへとつながる場所ですね。(写真1)
このあたりからはまだ坂道らしい感じはわかりにくいですが、このあたりの駒沢通りは道幅も広くてゆったりとした感じでした。
あとは、写真1中央右側あたり奥に富士山があるはずなので、見えるかな?と思ったんですけど、この感じだとビルがなくても奥の崖地の樹木で昔から見えていなかった可能性が高いかもですね。
ただこのあたりは、昔、鎗ケ崎と呼ばれていて、伊豆箱根の山々まで一望できる丘陵地帯だったそうなので、この道が開発されるずっと昔であれば、もしかしたら?かもしれないです。

写真2
すこし坂道を下ると、左にカーブしながら下っていて、写真2右側には東急東横線の線路も見えていて、雄大な雰囲気が印象的でした。(写真2)
またこのすぐそばに坂名の由来が書かれた坂の碑もありました。
いつものように抜粋させていただくとですね、
『坂名は別所坂と目切坂の間に新しく開かれたため新道坂と呼ぶようになった。坂上の左右に見えるコンクリートのようへきは三田用水のなごりである。三田用水は寛文四年(1664年)芝白金御殿の池水を引くために玉川上水の分水路としてつくられ、この尾根を通って三田芝方面に流れていた。人々は農業、工業、雑用水として利用したが、昭和五十年にその流れを止め、約三百年にわたる歴史を閉じた。線路ぎわの狭い坂が旧道である。』
とありました。
そういえば、ここは、これまでブログでも何度か取り上げている目切坂【NO.154】からも近かったですね。
場所的にはここから北西に直線で100m、徒歩なら3分くらいのところにあります。
あと三田用水跡については、「坂上の左右に見えるコンクリートのようへき」についてはどこにあったのかわからず、また再訪したときに調べてみますが、目黒区のHPにかつての写真があり、それによれば、このすぐそばにやはりあったようですね。
[中腹あたりの様子]

写真3
中腹あたりから坂上方向を見てみたものです。(写真3)
カーブ具合がいいですね。
またまわりの背の高めのマンションのおかげで、切り通しのような雰囲気になっていたかも。
[坂下あたりの様子]

写真4
坂下あたりの様子です。(写真4)
坂上あたりでカーブしてからはほぼ直線なつくりでした。
傾斜も新しい坂道ということもありそれほど急ではなかったですね。

写真5
坂下すぐそばを流れていた目黒川の様子です。(写真5)
そういえば、五反田駅から大崎駅界隈の目黒川では12月5日から「目黒川イルミネーション2025」と題した目黒川のライトアップがはじまっているようですけど、このあたりはどうなんでしょうね。

写真6
最後は、坂下あたりにあった歩道橋からの眺めです。(写真6)
ここからだと坂道のカーブ具合もわかりやすいですね。
ちなみにこのあたりは、昭和2年に恵比寿から中目黒まで玉川電気鉄道が敷設されたとのことで、それにあわせて整備された道だったようですね。
いちおう今昔マップも見てみると、たしかに大正6年の古地図にはなかった道が昭和4年の地図では今と同じ位置に道が描かれていましたよ
なので、ここは玉川電気鉄道が敷設された昭和2年でできた坂道で、昔は中目黒駅もこの坂下あたりにあったらしいので、都電がこの坂道を走っていたということみたいです。
ということで、すこし前の写真での紹介となりましたが、今回はこんな感じです。
地図:東京都目黒区上目黒+中目黒
関連リンク:
別所坂/目黒区中目黒【NO.265】
目切坂/目黒区上目黒+渋谷区青葉台【NO.154】